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「ウェイン社長今何とおっしゃいましたか?」
会議室はざわめき 反っていた。 今しがた発表した内容に 騒然としていたのだ。
「あの恐ろしい殺人鬼を社内で働かせていたと? そのようなことをして…社員の命を危険に晒していたのですぞ。……ああ恐ろしい 、あなたは何てこと!!」
立ち上がり講義をする者もいれば、 真っ青な顔をしてガタガタ震えている者もいる。 困惑しきった表情を浮かべて目を泳がせている者もいれば 下を向いてブツブツと独り言を言っている者もいる。
「聞いた通りだ。私はジョーカーをジャック・ネイピアという名前で社内で働かせていた。 保護観察と治療 の一貫の範囲内でだ。 法に反するようなことは何もない。しっかりとその精神が治療されれば 可能な限りの社会復帰を考えている。……もちろん罪を償っていくことを前提としてだが、 社内で働いているジョーカー に ひどい目に合わされた者はいないだろう。 精神疾患がしっかり治療されれれば その能力は 折り紙付きだ。 彼がどのような働きをしたかそれぞれの部署に聞いてみるがいい。彼はウェインエンタープライズのいやゴッサムの役に立ってくれるはずだ。」
湧き上がるどよめきと混乱。
「彼が社内で働くことが 問題があるのならば これ以上働かせはしない。 急にこのような話を聞かされて混乱もしているだろう。 しばらくの間 彼を社内で働かせる事はしない。 皆 彼をどうしたいのか考えておいてくれ。 ジョーカーではなくここで働いていたジャック・ネイピアとして 彼を見て欲しい。不満があるものは 個別に聞こう。 話は以上だ」
話を切り上げて会議室を去っていく。 ブルースに詰め寄ってくる者、 室内をウロウロとする者、 一刻も早く立ち去ろうとする者、 様々である。
さてこれからが正念場だ。 おそらく明日にはマスコミも詰め掛けてくるだろう。……対処を違えるわけにはいかない。

ーー昼過ぎ
食堂には 従業員たちが溢れかえっていた。当然、話題は 社長が急に発表した ジョーカーのことである。
ーー社長のオフィスにて、
ブルースウェインは 食堂の防犯カメラをチェックする。
さて社員たちはどんな反応を示しているのやら。
「マジ まじかよ。。 ジョーカーってあのジョーカー⁉」
「嘘だろう 。ネイピアさんが?… だってあんなに良い人なのに」
「だからそれが芝居なんだろう」
「なんせあのジョーカーだぜ 、人を手玉に取ることぐらい朝飯前だろ⁉」
「……手玉にって、お前だってニュースでしか見たことねぇくせに!ジョーカーのこと知ってんのかよ!!」
「知らなくったってニュースで散々やってるじゃねえか 。あちこちで事件起こし人を殺して歩いてる殺人鬼だろう」
「なんだやっぱり知らねえじゃんか ‼だったら本当は どんな人なのか 分かんねえだろう」
「あーこいつ、ネイピアさんに惚れてたんだっけww」
「ちげーよ、そんなんじゃねえよ!! ……あ、あ、あれだ!!ほらあの人が 作ったミュージアムの設計図! あれをやるにはあの人がいなきゃだめだろ。 だからほら、、あの人に帰ってきてもらわなきゃ困るだろう!!」
「まあ、それは確かに」
「つーか。本当に あの人が ジョーカーなのか……俺信じられねえ」
「俺だって信じたくない …あんな素敵な人が。。」
ブルースはカメラを切った。

ジョーカーは簡単に人を魅了する。 いともたやすく自分の周りを狂信者だらけにし、いいように操り喰いつぶす。 無意識なのかあるいは意識的になのか。……いいや、これは無意識だろう、 意識的に操ろうと思えば 彼に操れないものなど いないだろう、 おそらく。
社内に相当数、彼に魅了されたものがいるはずだ。 ジョーカーが社会に受け入れられる基盤をつくるのなら まずはこのウェイン・エンタープライズの中に ジョーカーを受け入れる基盤を作らなくてはならない。
……彼の人を魅了する力は危うい。
彼自身が攻撃的な意思を持って動けば 社会に対する爆弾にあっという間に早代わりしてしまう。だがこの力がうまく働けば きっとジョーカーはこのゴッサムの 社会に受け入れられるはずだ。
この社内の発表が 明日には ゴッサム中に知れ渡っているだろう。 マスコミに対処しなくてはならない。 ブルースウェインはハーヴィー・デントに電話をかけた。

正直に言ってしまえば 記者会見は苦手である。 そもそも人と関わること自体が苦手である。 ぶっきらぼうになってしまったり、言葉足らずになってしまったり、相手に誤解を与えることはしばしばである。
だからこそ、この問題には真摯に向き合わなければならない。
翌日の記者会見に答えながら ジョーカーを社内で働かせているのは あくまで治療の一環であること、保護観察の範囲内であることを何度も説明する。法的措置や精神鑑定から 現状についての説明、 今までアーカムアサイラムから 退院し今現在は社会に奉仕しているかつての狂人たちの現状、それらを友人のハーヴィー・デントがともにインタビューに答えてくれる。

ブルースは記者会見が終わる頃にはぐったりと疲れ果てていた。
「おいブルース大丈夫か」
「……ああすまない ハーヴ」
「明日も続くだろうから無理はするな」
「あぁハーヴ、 君がいてくれて 本当に助かるよ…ありがとう。 私一人ではどうなっていたことか」
「いいよ気にするな! そんなことより当分の間 これが続くぞ」
「………分かってる 当分の間 君の力を借りることになる すまない」
「いいって 君の力になれるのならむしろ嬉しいよ 」

見送りながらデントは思った。
正直に言ってしまえば 彼が望むように ジョーカーを 社会に奉仕させることで罪を償わせるのは 不可能なことのように感じる。…そもそもあの男はどこまでが正気なのだろう。
既に壊れてしまっている精神が戻るとは思いにくいし 壊れてしまっている以上罪に問うことはできないかもしれないが、 死刑を望む声は 彼が外の世界をうろついている以上どんどん大きくなってくるだろう。
どこまで友人の力になれるだろうか。
最悪 彼自身を死刑にしないために アーカムアサイラムに戻してしまうか、 戻したことにしてしまって屋敷に閉じ込めてしまうかすれば いいのだが…。

家に帰ると出迎えてくれたジョーカーを見て ブルースはほっとしていた。
「おかえりブルース 」
「ただいまジョーカーおとなしくしていたか 」
「気になるならアルフレッドに聞けよ。 心配しなくても ずっと屋敷の中にいたぜ 」
「もうしばらく屋敷でおとなしくしていてくれ」
ブルースはジョーカーに口づけを落とす。

「…しばらくってのはいつまでだ 」
そう笑顔で笑って 話しかけるジョーカーブルースは答えられなかった。

三日間ブルースは毎日のようにテレビに出続け、 ジョーカーの 精神疾患今現在の状況 そして自身の想いを話し続けた。 人々はブルースの言葉に耳を傾け その思いを理解するものもたくさんいたが、 それは同時に ジョーカーの起こした事件の犯罪被害者の思いも掘り起こした。
特番が組まれ過去の犯罪が 昨日のことのように語られる。
被害者の声は ブルースが語った思いよりも重く、 人々の心に突き刺さっていった。
…一週間が経った。 街のあちらこちらでデモが起こっている。
ああ、これはまずい。 本当にまずい。
テレビに被害者の家族が出ている。
死んだ娘の写真を手に 泣きながら話している姿が映る ハンカチを持って涙ぐむ老婦人が映される。
「あの子はあの日結婚式だったんです。 頬をバラ色に輝かせて 。…それなのにあの日、あの悪魔が仕掛けた爆弾に吹き飛ばされて。… どんなに痛かったでしょう。 引きちぎれた 手足を 拾い 集めた私の気持ちがわかります? それなのにそれを引き起こした本人は精神異常というわけで何の罪にも問われないなんて。こんな理不尽なことがありますか? 人を殺してジョークという男 をどうして許しておかなければならないんです?あんまりじゃありませんか!」
「人を爆弾で順番に吹き飛ばして 大笑いするような男をどうして生かしておかなきゃならないんだ⁉ 俺はあの時まだまだ子供で 親父と兄貴が縛り付けられて吹き飛ばされるのを黙って見てなきゃならなかったんだ‼ あいつを縛り付けて 爆弾で吹き飛ばしてやりたいよ!」
「あいつバットマンの目の前で 俺の兄さんを殺したんだ。 バットマンの反応楽しんでた。…そうだ バットマンがいなけりゃ あいつは兄さんを 撃ち殺したりしなかったんじゃないのか? 俺はジョーカーが憎くて堪らないが バットマンも嫌いだ! 兄さんを助けてくれなかった!! いいやバットマンがいなかったら兄さんはきっと殺されなかったはずだ!」
批難が自分の方にも向かっていること ブルースはわかっていた。
「顔色が悪いな 少しは休め」
デントはブルースに向かっていった。
この10日ばかり彼のスケジュールに合わせて デントもまたテレビに出ている。
「分かっているでも次の生放送のテレビショーのスケジュールが入っているんだ」
いい出したら聞かない友人を見送ったデントの所に、電話が一本かかってきた。

どんなテレビ番組 にもブルースは必死で向き合っている。もちろん 今出演している番組にもだ。
「それではここで特別ゲストをお呼びしましょう!」
と司会者が言う。セットのカーテンの向こうから 現れた人物を見て ブルースは息を飲んだ。
……どうしてここに?
立ち上がろうとしたブルースをデントが制止する。 首を振って座るように 促す。

どういうことだ?
……どうして?

見慣れた緑の髪白い肌 いつものメイクはしておらず、 化粧っ気のない肌に白いスーツ。
「皆さん彼が誰だかご存知でしょう 。紹介します、ジョーカー!!」
司会者がオーバーな手振りで彼を紹介する。 ジョーカーはそれはそれはエレガントな身振りで 挨拶をした。 司会者に促されるままゆっくりと彼は語りだす。
その語り口は 物悲しく 優雅で 情緒に満ち溢れていた。 スタジオのすべての人々が 耳を傾け すすり泣く声すら聞こえてくる。

……これは彼の才能だ
人々を惹きつけ自身に陶酔させる。
生まれついての喜劇役者。 コメディアン。
それがジョーカーだ。

「ふざけるな!」
スタジオの空気を打ち破るような 叫び声が聞こえる。
スタジオの観客の一人が 舞台に駆け上がり ジョーカーに銃を向ける。
それは 映画のような美しい光景。
火を吹いた銃 白いスーツに 赤い血のシミ 胸に大輪のバラが咲いたような光景。
ジョーカーはよろけはしたものの倒れず、 加害者の 腕を掴み抱きしめた。

口にしたのは謝罪の言葉。

加害者は ジョーカーの 血液と その 謝罪の 言葉と銃の衝撃に パニック起こしたようで、
「わぁー あああぁぁぁー!!!! 」
と悲鳴を上げて スタジオの外に走って逃げて行こうとする。
もっともそこで警備員に捕まることとなった。
ジョーカーはくるりと踵を返し ゆっくりとスローモーションのように倒れ込んだ。
「ジョーカー‼」
そう叫びブルースが駆け寄った。 彼を抱きしめる。
番組は中断となった。 だがそこまでの放送は そのまま放映されたのだった。
それはまるで短編映画のような光景だった。

「ジョーカーしっかりしろ! 死ぬな!目を開けろ!」
そう言ってブルースはジョーカーを強く抱きしめた。

………9話に続きます。


end

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