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「ジョーカー湯槽で泳ぐな!何度言ったらわかるんだ 」
「あんな、ブルースこれは湯槽じゃねーよ。温水プールだろ?どう見たって。 つーか、ここまで広くする意味あんのか?大勢で入るわけじゃねえし。 全く金持ちっていうのはサイズ感がなってねえんだよ 」
食後いつも通り2人で入浴するわけだが、 何度言ってもジョーカーは 子供のように浴槽に潜っては泳ぎふざけて回る。 乳白色に濁白したお湯の中を 潜ってしまえばどこにいるのか全くわからない。
自分に敵意がないとはいえ どこにいるかわからないのは 少し落ち着かない気持ちになる。

突然 水しぶきをあげて自分の前に姿を現したジョーカーに少しムッとする。 笑い声をあげて小さな子供のようだとブルースは思った。
毒気のない無垢で無邪気な子供。 しかし真実は真逆で何百何千という人々を殺めてきた 世にも恐ろしい存在である。 まるで人の命を落ち葉の道を歩いて木の葉を踏み潰すように潰し、 命を弄び 食いつぶす。 自分の命すらおもちゃにする。
世界を滅ぼそうとする悪党というのは分かりやすい 。当然その対処法も。
自己中心的なサイコパスの思考というのも非常にわかりやすい。 他者を食いつぶし自分さえよければいいという人間である。
当然その対処法も すぐにわかる。
それはたとえ知性の高いサイコパスであっても同じことだ。 いかにして相手をうまく利用するか自身を尊大に見せ 相手から注目を集め 上手く利用していくか。 質の悪いフェミニスト平等主義者 それも同じ思考である。
平等を唱える者には2種類いる 一つは真に平等を目指すもの。 相手を思いやり 他人に平等な権利を与えようとするもの 。
もう 1種は他人を利用するもの。自分以外が全て貧しく平等であれと願うもの。
現実社会における平等主義者というものは 後者のほうが遥かに多い。
生物において自らの命を優先するエゴイズムというのは決して悪いことばかりではない。 むしろそれは自然なことで 生物はエゴイズムによって成り立ってきたのだ。

だがこの道化に関しては関しては少々勝手が違う。
自らの命というものを度外視している。 そこにある価値観はジョークその一点のみである。
ジョーカーの行動はどんな犯罪心理にも当てはまらない。
価値基準 行動理念はすべて彼のジョークであり、それによって引き起こされる混乱・混沌・カオスを ジョークとして捉える。
そしてそのジョークは自らのエゴによって引き起こされるものではない。 エゴイズムのない、罪を持たない子供が戯れるような そんな行動である。

ー故にジョーカーは無垢である。

辺りを血の海にして踊り狂いながら 何もかもを破壊し尽くす。 派手なショーに、ジョークを振りまきながら。 そこにまるで計算し尽くされたような精密さ美しさが伴う。
それはある種の黄金比 、あるいは数学におけるフィボナッチ数列素数や絶対数、のような 普遍的かつ規則的なもの、 物質が結晶化するような美しさなのだ。

そしてその美しさに惹かれたものを狂わせ、 破壊し尽くす。 彼の周りに狂信者が絶えず。酷い目にあわされながらも多くの者が手を貸した。
…それはつまりそういうことだろう。

「 どうした?」
ひどく無邪気な笑顔を浮かべて、 こっちを見てくるジョーカーを見て、『私自身もそんな彼にひかれていたのだろうか』とブルースは自答した。それは認めてしまうにはあまりに恐ろしい感情である。
「全く大きな子供みたいだなお前は」
今のジョーカーは髪をダークブラウンに染めて、 肌をフェイクタンで 薄い象牙色に染めている 。
「だって、楽しいじゃん。 お前はずっとガキの頃から この浴槽に慣れっこだろうけどよ~」
「湯あたりするぞ。ほら頬が赤くなっている」
そう言って彼の頬に手を伸ばし触れると 少し困ったような表情が浮かぶ 。
「お前がそうやって触ってくるからだよ」
ジョーカーの華奢な肩を抱き寄せて 正面から彼の顔を見る。 困ったような表情を見るのは楽しい。
「…そういや、ブルース・ウェインはプレイボーイだっけ。すっかり忘れてた」
困惑した表情でみるみる赤くなって彼はそう言った。 その細い顎骨に手を当て引き寄せを続ける、口膣に舌を入れ ゆっくりと口内を犯す。
「…ん、はぁ」
舌を絡ませ貪るように味わい尽くす。
「このままでは、それこそのぼせてしまいそうだな 」
そう言ってブルースはジョーカーを抱え上げ浴槽を出た。 ビクッとしたジョーカーが ブルースの首に手を絡める。
「あー …ブルース ?」
その体は成人男性としては、あまりに軽い。 だがその細い体で簡単に人の首をねじ切ってしまうのだ 。果物をもぎ取るような感覚で。
最もジョーカーはブルースに危害を加えることはない 。それはよく分かっている 。
バスタオルでゴシゴシと彼を拭くと、後ろから抱きしめる。
「いやか ?」
そう尋ねると 困惑した表情でこちらを見る。
「…なわけねーだろ…ただその」
「 なんだ?」
「 1年ぶり だから…その …」
ジョーカーは困ったように頭を掻いた。 アーカムに引きこもって衰弱しきった彼を思い出す。 1年かけてようやく彼の体は元に戻りつつあった。
「善処する」
そう言ってブルースはジョーカーにバスローブを着せて寝室へと引っ張って行く。
ジョーカーは 彼のその目にとても激しい感情が宿っているのを見た。その目をよく知っている。
「ブルース いや …バッツ?」
そう言って翡翠の目がブルースを見つめた。
「 あーやっぱり俺のバッツィだ ブルース・ウェインの正体は俺のバットマンだ。 会いたかった 。ずっと引っ込んじまって、正体を表してくれねえんだもん。つれねえよな 。俺のコウモリの王様 」
そう言って嬉々とした目でこちらを見て 抱きついてくる。
「ジョーカー…私はもうバットマンには 」
ブルースは困惑した顔を浮かべた。
「わかってねーな 。お前の正体はバットマンだ。 いくら覆い隠したって 、その狂気を内包できるわけがねぇ。 ブルース・ウェインの中にバットマンの正体を隠してやがるんだ 。その狂気こそがお前だ 。それなのにそのことを認めようとすらしない。 お前は自分が狂っていないとでも思っているのか? お前は俺と一緒だ 。バットケイブに入ればお前の狂気がよく分かる。 バットマンを辞めたというのならなぜ新しい設備を入れる?なぜ 核戦争にでも備えているような設備を整えてある? 俺やこの街のディラン相手にするぐらいならそこまで揃える必要はないはずだ」
ブルースは言葉に詰まった。
「…相手にしなきゃならないのはお前だけじゃなかった。 それにこれからだって脅威 がなくなるとは限らないだろう?」
ジョーカーの目が鋭く光る 。
「詭弁だな。ならばお前は一人でこれからずっと続く脅威 に備えて 延々と設備を整え続けるつもりか ?そもそもそうすること自体がおかしいとは思わないのか ?お前は決して認めたがらないが 少なくとも俺と同じぐらいには狂っているのさ。それはもちろん今もな」
ブルースは一瞬言葉に詰まった 。私の狂気それが一番見えていないのは私自身かもしれない。
「大体、お前相手に備えすぎるということはないだろう。 その気になれば世界だって滅ぼしかねない。 そんなやつだということを私はよく知っている」
「そんなつまんねーことしねえよ。 世界がなくなっちゃジョークの一つも出来ねえもんな。 それに今はもう殺しはしてねえぜ?」
呆れた顔をしてジョーカーはそう言った。
「これからもそうであってほしいと願う」
自分自身の狂気に折り合いがついてないのはお前の方じゃないか ジョーカーはそう思った。
「 はいはい俺の王様の頼みなら、 しょうがねぇから聞いてやるよ。 王を楽しませるのは道化の仕事だからな」
ジョーカー柔らかな笑みを浮かべてブルースそっと口付けた。 こんな微笑みは知らないとブルースは思った。
ジョーカーの笑いと言えば狂ったような高笑いである。 ウェイン邸に引き取ってから、それ以外の無邪気な子供の様な笑顔も見せるようになったが 、こんな柔らかな微笑みは知らない。
1年かかって彼を狂気から降ろすことができたのか 。或いは自分で思っていたよりも彼のことを理解していなかったのか。
もっと彼のことを知りたい。ずっとそばにいてほしい。 その願いを叶えていくのはまだまだ難しいことかもしれないが。 ほんの少しでもできることから始めたい、 そうブルースは思った。

そうして私達は何度も口付けてお互いを貪るように抱き合った。

自分はいつのまに寝てしまったのだろうか ?ブルースが目を覚ますと横にいたはずのジョーカーがいない。
…一体どこに?そう言ってベッドから足を下ろすと床に描かれているものに 息を飲んだ 。床一面に描かれた落書き。
…いや違うこれは設計図だ。
『防御シールド 』おそらくそうだ。まだ実用化どころか 技術開発されていないような 新しい防御シールド。 …これは一体何だ?
「アルフレッド、ジョーカーはどこに行った」
屋敷の AI コンピューターに話しかける
『玄関を出られて朝日をご覧になっておられます』
階段を駆け下りて玄関へ向かう。
「ジョーカー」
そう話しかけると彼がゆっくりと振り向いた 。空は夜明けの黎明からほんの少しばかり朝日が差し込みかかっている 。
「おはよブルース」
「 ジョーカー床のあれは一体なんだ。いつ考えた。 あの技術はどこからのものなんだ」
「 なんだよ朝から矢継ぎ早だな。 考えたのは昨日の晩だよ 。お前と話してたじゃねーか。 世界の脅威に備えるなら防御シールドぐらい必要だろ。 技術?そんなもん昨日の晩適当に思いついた 。検証しなきゃならねえ ことは多いだろうけど。まぁそういうのはまだまだこれから考えりゃーなんとでもなるんじゃねーの 」
まるで何事もないことのようにジョーカーはそう言った。
「 昨日の晩…あれから?」
「 俺にも思うことがあってな。 …あんな、ブルース。お前一人であんまり抱え込みすぎんなよ。 俺がついててやるよ、コウモリの王様 」
そういってジョーカーは 子供のような笑顔で笑った。


end

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